大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成元年(オ)1059号 判決 1991年2月19日

上告人

松本吉勇

右法定代理人親権者

松本弘子

右訴訟代理人弁護士

倉増三雄

被上告人

光伸商事株式会社

右代表者代表取締役

飯森征美

右訴訟代理人弁護士

清原雅彦

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を福岡地方裁判所小倉支部に差し戻す。

理由

上告代理人倉増三雄の上告理由について

株式を相続により準共有するに至った共同相続人は、商法二〇三条二項の定めるところに従い、右株式につき「株主ノ権利ヲ行使スベキ者一人」(以下「権利行使者」という)を定めて会社に通知し、この権利行使者において株主権を行使することを要するところ(最高裁昭和四二年(オ)第八六七号同四五年一月二二日第一小法廷判決・民集二四巻一号一頁参照)、右共同相続人が準共有株主としての地位に基づいて同法四一五条による合併無効の訴えを提起する場合も、右と理を異にするものではないから、権利行使者としての指定を受けてその旨を会社に通知していないときは、特段の事情がない限り、原告適格を有しないものと解するのが相当である。

しかしながら、合併当事会社の株式を準共有する共同相続人間において権利行使者の指定及び会社に対する通知を欠く場合であっても、共同相続人の準共有に係る株式が双方又は一方の会社の発行済株式総数の過半数を占めているのに合併契約書の承認決議がされたことを前提として合併の登記がされている本件のようなときは、前述の特段の事情が存在し、共同相続人は、右決議の不存在を原因とする合併無効の訴えにつき原告適格を有するものというべきである。けだし、商法二〇三条二項は、会社と株主との関係において会社の事務処理の便宜を考慮した規定であるところ、本件に見られるような場合には、会社は、本来、右訴訟において、株式を準共有する共同相続人により権利行使者の指定及び会社に対する通知が履践されたことを前提として、合併契約書を承認するための同法四〇八条一項、三項所定の株主総会の開催及びその総会における同法三四三条の規定による決議の成立を主張・立証すべき立場にあり、それにもかかわらず、他方、右手続の欠缺を主張して、訴えを提起した当該共同相続人の原告適格を争うということは、右株主総会の瑕疵を自認し、また、本案における自己の立場を否定するものにほかならず、同法二〇三条二項の規定の趣旨を同一訴訟手続内で恣意的に使い分けるものとして、訴訟上の防御権を濫用し著しく信義則に反して許されないからである。

記録によれば、(一)上告人の本件訴えは、(1)呉一天浩は、合併前の被上告会社の株式四〇〇〇株及び日栄ビル株式会社(以下「日栄ビル」という)の株式五〇四〇株を所有していたところ、昭和六〇年二月二三日死亡し、上告人外三名が右各株式を共同相続した、(2)被上告会社と日栄ビルは、昭和六一年一〇月一日、両会社が合併して被上告会社は存続し日栄ビルは解散する旨の合併契約を締結し、右合併に係る変更の登記を了した、(3)しかし、合併前の被上告会社及び日栄ビルの各株主総会における合併契約書の承認決議並びに被上告会社の株主総会における合併に関する事項の報告がされた事実は存在しない旨主張して、被上告会社に対し、合併の無効を求めるものであること、(二)これに対し、被上告会社は、右各株式の遺産分割は未了であり、これにつき権利行使者を定めてその旨被上告会社に通知する手続もされていないとして上告人の原告適格を争っていること、(三)合併前の日栄ビルの発行済株式の総数は八〇〇〇株であり、上告人らの共同相続に係る株式はその過半数を占めることが明らかである。そうすると、前記説示に照らし、本件においては、上告人が合併無効の訴えを提起しうる特段の事情が存在するものというべきであるから、上告人の原告適格を否定して本件訴えを却下すべきものとした第一審判決及びこれを維持した原判決は、いずれも法律の解釈適用を誤ったものといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、この趣旨をいうものとして理由があり、原判決及び第一審判決は、破棄又は取消しを免れず、本件を第一審裁判所に差し戻すべきである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎)

上告代理人倉増三雄の上告理由

原判決には、以下述べるとおり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背、すなわち、商法第二〇三条第二項の解釈を誤ったという違法がある。

一、株式を相続により準共有することになった共同相続人がその株式につき会社に株主としての権利を行使するには、商法第二〇三条第二項によれば株主の権利を行使すべき者一名を選任しなければならないと定められている。しかし、右条項は共有者が各別に議決権を行使する場合における手続きの繁雑を回避し、混乱を防止するという会社の便宜のために設けられた規定である(注釈会社法(3)・51頁、逐条判例会社法全書2・358頁、判例コメンタール商法1上・457頁)。準共有者といえども株主の固有の権利は会社の便宜のために侵害されることは許されるものではない。共有者間に対立があって一人の選定ができないときは不可能を強いうるものである。本件は共有者の一人である被上告人の役員が犯罪行為(私文書偽造、同行使、公正証書等不実記載の各罪)を犯して違法な会社取締役の選任並びに会社合併を行ったので、上告人は株主としての権利を行使してこれを是正しようとしているのであるが、被上告人は商法第二〇三条第二項にいう共有株主権行使の一人の選任することを拒否している。そのため、上告人は株主としての権利を行使できず、違法な取締役選任、会社合併を是正できず、引いては犯罪行為を容認した結果を生ぜしめるのである。かかる場合は公共の利益、公序良俗の維持からいって、共有者が株主の権利を行使すべき者一人を定めることができないやむ得ない事情にある場合であるとして商法第二〇三条第二項の適用を排除するよう解釈するのが相当である。

二、本件が共有者が株主の権利を行使すべきもの一人を定めることができないやむ得ない事情にあることは次のとおりである。

(一)、上告人の父亡呉一天浩(昭和六〇年二月二三日死亡)は、生前には福岡市所在の訴外日栄ビル株式会社(以下、日栄ビルという。)と北九州市所在の被上告会社とを創立経営をなし、約二億円相当の別紙物件目録記載の不動産並びに株式会社等を所有していた。天浩は日栄ビルの株式六三%(全株式八〇〇〇株のうち五〇四〇株)、被上告株式会社の株式四〇%(全株式一〇、〇〇〇株のうち四、〇〇〇株)を有し、その他を同族に持たせて両会社を支配経営していた。天浩は昭和五九年三月脳溢血で倒れ療養していたが、昭和六〇年二月一七日再び倒れて同月二三日台湾において死亡した。天浩は昭和四八年日本に帰化したが、もと台湾人で病気療養のため台湾に行っていたとき病気再発のため死亡したものである。

(二)、天浩の相続人は妻末子、長女今井由紀、次女市田真美および天浩と松本弘子間の子で認知をうけている上告人の四名である。松本弘子は昭和四〇年頃から天浩と内縁関係にあって妻と同様な生活をなし昭和四九年九月一一日天浩との間に上告人が生まれた。天浩は始めての男の子であったから、殊の外上告人を愛しみ、その成長を楽しみにし、日栄ビルを上告人にやるなど言って将来の自分の後継者と目にしていた様子である。他方、妻末子には飯森征美という連れ子がおり、天浩はこれを養育し大学にも入学させたが、遊んで勉強せず中途退学のやむなきに至り、その後も何かと天浩に迷惑をかけるので天浩は同人を嫌っていた。ところが、後記のとおりこの飯森征美が妻末子と謀って天浩が昭和五九年三月脳溢血で倒れてから上告人を排除して天浩の資産を壟断しようとし、不法にも飯森征美の天浩に対する認知届を出したり、天浩が死亡するや、違法な手続きを重ねて、日栄ビルと被上告会社の会社合併をなしたのである。

(三)、天浩が前記のとおり昭和六〇年二月二三日死亡したが妻末子は上告人親権者松本弘子に対し、遺産については弁護士を通じてでないと話し合わないというので、上告人は天浩が生前に上告人に日栄ビルを継がせると言っていたので、これを履行してもらうよう昭和六〇年四月六日福岡家庭裁判所小倉支部に遺産分割調停を申し立てた。そのため調査をしたところ、飯森征美が次のような不正をしていることが判明した。

(イ)、天浩が昭和五九年三月脳溢血で倒れた後、同年九月一四日飯森征美は天浩の承諾も得ず、自分が天浩の子でないことを承知のうえで、天浩が認知した旨の虚偽の戸籍届をなし、その旨の戸籍登載がなされたものである。これは認知届が偽造され、右偽造届にもとづいて虚偽の戸籍登載がなされたのである。その後上告人からの認知無効確認の訴(福岡地方裁判所小倉支部昭和六二年(タ)第六三号事件)によって右認知の無効が確認され戸籍も訂正された(<証拠>)。

(ロ)、日栄ビル並び被上告人会社の代表取締役は天浩であったが、昭和六〇年二月二〇日株主総会で天浩が退任し、飯森征美(当時は前項の虚偽戸籍登載により呉一征美と称していた。)が取締役に選任され、次いで代表取締役に就任した旨の登記がなされている(<証拠>)。しかも天浩は前述のとおり、昭和六〇年二月一七日台湾で療養中のところ、脳溢血の再発のため意識はもうろう状態となり同月二三日死亡しているのである。従って、同月二〇日において右登記記載のごとき代表取締役の交替の株主総会、取締役会など天浩の意思にもとづいてなされたものでないことは明白である。これも飯森征美が天浩の死の近いことを察し、天浩の資産の壟断を諮って虚偽文書を作成して右各登記をなしたものと推断することができる。

(四)、以上のとおり、犯罪行為によって日栄ビルと被上告会社の各代表取締役となった飯森征美(当時は呉一征美名義)が前掲の遺産分割調停事件の進行中である昭和六一年一〇月一日に裁判所にも連絡せず、上告人にも知らせず、日栄ビルと被上告会社の株式会社合併登記申請手続きをなして、その旨の登記を了した。この手続きは被上告会社代表取締役呉一征美名義で申請され、必要な添付書類は形式上作成されているが、その中には事実と相違する虚偽文書があって適式な申請書ではない。右申請を認めた株式会社合併は違法であることは明らかである。右申請書添付書類のうち、被上告会社の昭和六一年八月一〇日午前一〇時の合併に関する株主総会は上告人に通知はなく、株主は全員出席があった旨議事録は作成されているが事実に反している。また日栄ビルの昭和六一年八月一〇日午後三時の合併に関する株主総会は上告人および株主訴外中村道夫(<証拠>)に通知せず、従って右両名は右総会に出席していないことが明らかであるのに右議事録には株主全員が出席したごとく事実に相違する記載となっている。そもそも飯森征美(当時は呉一征美と称す。)が虚偽の登記申請手続きによって代表取締役の登記をえているが、それは無効であるというべく、真の代表取締役でないものによる株式会社合併申請は無効である。

別紙<省略>

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